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折れない心を。チェ・ゲバラに学ぶ仕事で悩まないための3つの精神

チェ・ゲバラ

チェ・ゲバラに学ぶ仕事で悩まないための3つの精神

あなたはチェ・ゲバラという人物をご存知でしょうか?

わたしは「革命家」であることは知っていましたが、人物像はいまいち分からず、Tシャツの人だという印象が強かったのです。笑

キューバを社会主義国家に導いたのは、ご存知の方も多くいると思いますが、あの精悍な風貌により偶像化されたためか、その人となりは、さほど明らかにされていないように感じます。

彼はどのようにして、「伝説の革命家」とよばれるようになったのか?

現代の仕事観にも通づるであろう、大切な精神を感じました。

チェ・ゲバラとはどんな人物か?

チェ・ゲバラ→本名エルネスト・ゲバラ=デラセルナ

チェ・ゲバラは、アルゼンチンに生まれ大学医学部を卒業し医師資格を取得しました。しかし、チェ・ゲバラは「手術するメスを銃に変え、肉体の幹部ではなく社会の病根を断つため」と、28歳の時、キューバの革命戦争に異邦人ながら参戦し、30歳で「英雄」になりました。

そんなチェは、いつからラテンアメリカと世界の在り方を一変させるような「革命家」を志したのでしょうか?

チェはもともとスポーツで体を鍛え、チェスやタンゴや読書を好む、普通の青年でした。しかし、広大な国内、南米大陸、中米地峡、メキシコなどを旅するうちに人生が変わってしまいました。旅と放浪により自己形成をして「革命家」になったのです。

チェ・ゲバラ

チェ・ゲバラの精神①暗示をかける

チェ・ゲバラは、読書が好きだったのは有名な話ですが、その読書の中で、オーストリアの詩人リルケの「死は人生の暗い面に過ぎない」という言葉を気に入り、暗示にかけられ、ゲリラ戦線でも死を恐れない戦いぶりを見せたようです。

チェは、「革命家」であり、精神的・肉体的に非常に強いという印象をお持ちの方が多いと思いますが、実は幼少期から「喘息」に罹っていたのです。

あくまで予想の範疇を超えませんが、幼時から、わが身が健康でないのを知らされたうえで前途に立ち向かうために、何度も繰り返し心で唱えそこまでの境地に至ったのではないかと感じます。

暗示にかかるまで熱心になるのは容易いことではありませんが、「自分の可能性を信じる」ことが、仕事のみならず人生においても重要です。

チェ・ゲバラの精神②周囲の目を気にしない

チェはあの精悍な顔立ちから、いわゆる「イケメン」に分類されるかと思います。しかしチェはとにかく周囲を気にしない。

小さいころから服装には無頓着で、食事の際はブタのように音を立ててむさぼり食うため、ついたあだ名が「エル・チャンチョ(豚)」だったそうです。これは本人からすれば、喘息の発作で絶食を迫られるときに備えるためだったそうですが。

大学になっても服装には無頓着どころか、週一回しか着替えないため「週一(セマネーラ)」と揶揄されていたようです。いつも着ているシャツがナイロン製だったため、ときにはそのままお風呂に入っていたそう。

ワイルドの極っ笑

さすがに現代の日本でお風呂に入らないとなると、「スメル・ハラスメント」などと言われてしまいますので、清潔さには気を付けるべきですが。。

この周囲の目を気にも留めない精神は、仕事においても大事ではないでしょうか。あなたは周りの目を気にしすぎて遠慮がちになっていませんか?

経営学者のクリステンセンも提唱していますが、「イノベーション(革新)」を生み出すために「破壊的」であることが必要と言っていますので、周りの目を気にせず意見を発信してみてはいかがでしょうか。

チェ・ゲバラの精神③相手を敬う

チェ・ゲバラは、キューバを社会主義に導いたあとに、キューバには新しい人間が必要だと言っていました。

新しい人間とは

人間は他人を理解しなければならない、他人がどこに住もうと、どんな信仰をもとうと、文化が何であろうと、その人が苦しんでいるときに、苦しみを分かち合える人間でなければならない。連帯できなければならない。

と。

一見きれいごとのように聞こえますが、ゲバラ自身は革命戦争のさなかでも貧しい人を助けるために、手を尽くしてきました。

そして、キューバがひと段落したところで、「革命家」の彼は、ラテンアメリカと世界の在り方を一変させるために、コンゴへ遠征に行くことになります。

そのさい、ともに戦い、時には嫌な立ち回りをさせられたフィデル・カストロ議長に手紙を渡します。

以下、全文

「今日、すべてのことが劇的でなくなっている。我々が成熟したためだ。私はキューバ革命への義務の一部を果たしたと思う。君と、同志たちとわがキューバ人民に別れを告げる。わたしは党指導者の地位、閣僚の地位、革命軍少佐、およびキューバ国籍を正式に放棄する。私のたったひとつの重大な過ちの一つは、マエストラ山脈での最初の日から君を十分に信頼していなかったことと、指導者、革命者としての君の資質を早い機会に理解しなかったことだ。私は君の傍らにいて、あの輝かしくも悲しいミサイルの危機の日々にキューバ人民のひとりであったことを誇りに思う。諸国人民がいま、私の支援を求めている。君がキューバの指導者であるがゆえにできないことでも私にはそれをするのが可能だ。我々の別れの時が来た。もしも私が人生最後の時を異国の空の下で過ごすことになったとしても、私の最後の思いはキューバ人民、とりわけ君に向けられるだろう。私はいつも革命政府の対外政策に一体感を抱いてきた。今後もそうする。私は妻子に物質的なものは何も残していないし、それを悔やむこともない。国は妻子の必要を叶え教育を施してくれるはずだからだ。私は勝利するまではキューバに戻らない。だがいつも私の心には{祖国か死か、勝利するのだ}の標語がある」

キューバ革命のため、同志のためにと本意ではない役を買ってきたにも関わらず、最後まで敬意を払い手紙に記した。

会社という組織に属していても、損な役回りをさせられるようなシチュエーションが考えられます。

怒りがこみ上げそうなときにも、自分を客観視し、相手の立場を再考することが、冷静で正しい判断を下すポイントとなるはずです。

また、常に相手を敬う精神が、現在も彼を信奉する人が多い要因となっているのでしょう。

まとめ

エルネスト・ゲバラ=デラセルナ(通称:チェ・ゲバラ)の生涯は、あらゆる人に影響を及ぼしてきました。

世界に5ヵ国しかない、社会主義国の現代キューバの礎を、最前線で築きあげたゲバラ。常に、自らが「労働は美徳」の姿勢を見せることで、国民の奮起を促したのもリーダーの理想像ではないでしょうか。

そんなキューバも、フィデル・カストロ(チェ・ゲバラとともに最前線に身を置いていた)が亡くなり、前オバマ大統領により国交正常化の歩みが進められました。しかし、トランプ政権になり政策の見直しが発表されましたね。どうなることやらトランプ政権。。

「革命家」チェ・ゲバラは、常に背中で見せてきた男です。

彼のようとまではいかなくとも、同じ精神をもちたいものですね。